機能性ディスペプシア

「機能性ディスペプシア(FD; functional dyspepsia)」は、症状の原因となる異常が検査によって認められないにも関わらず、心窩部痛、胃もたれ、早期膨満感(食べ始めても、すぐにお腹いっぱいに感じる)など、腹部の不快症状が慢性的にみられる病気です。

2013年に正式な診断名として認められたため、聞き慣れない病名かもしれませんが、とてもよくある病気です。機能性消化管疾患診療ガイドライン(2014年)の中で、日本人の有病率は、健康診断受診者の約11~17%、腹部の不快症状を感じて病院を受診した方の約45~53%と報告*1されています。

機能性ディスペプシアの原因は一つではなく、胃の機能低下やストレス、睡眠不足、喫煙、飲酒、ウイルス感染、胃の変形など様々な要因が互いに影響し合って発症すると考えられています。

胃潰瘍・十二指腸潰瘍・胃がんなどと違い、すぐにでも治療しなければならない病気ではありませんが、長引く不快症状から生活の質(QOL)の低下を招きやすく、心の健康にも影響を及ぼしかねません。

胃の不調が続いている方や不快症状により日常生活に影響が出ている方は、我慢せずお気軽に当院までご相談ください。

*1(参考)機能性消化管疾患診療ガイドライン CQ1-5|日本消化器病学会
https://www.jsge.or.jp/guideline/guideline/pdf/FDGL2_re.pdf#page=33

「機能性ディスペプシア」の症状・定義

「ディスペプシア」の由来はギリシャ語で、消化不良を意味します。

機能性ディスペプシアの症状

胃・みぞおちの痛み、焼けるような不快感、早期膨満感・胃もたれ、吐き気、食欲不振などの不快症状が慢性的にみられます。

機能性ディスペプシアの定義

日本では2013年に正式な診断名として「機能性ディスペプシア」は承認され、機能性消化管疾患診療ガイドライン(2014年)の中で、次のように定義しています。

「症状の原因となる器質的、全身性、代謝性疾患がないのにもかかわらず、慢性的に心窩部痛や胃もたれなどの心窩部を中心とする腹部症状を呈する疾患」

「機能性ディスペプシア」の原因は?

機能性ディスペプシアは、様々な要因が複雑に絡み合って、発症しています。
特に重要な要因は、次の4つです。

胃の運動障害

「食べ物が胃に入る→胃が膨らんで食べ物を貯留→胃液で消化→十二指腸へ送り出す」という一連の消化運動中になんらかの障害が起こります。

食べても胃が膨らまないと、食べ物が入らず「早期膨満感や食欲不振」につながり、十二指腸にスムーズに送り出せなければ、「胃もたれ」を感じます。

胃や十二指腸の知覚過敏

胃酸の刺激により胃・十二指腸が過敏に反応し、「胃やみぞおちの痛み」などの症状が現れます。

過度なストレス(心理的要因)

脳と腸管は密接に連携しているため、強い不安・抑うつ症状などがあると、胃や腸の運動・感覚が変化しやすくなります。

胃酸の存在

胃酸分泌と胃の機能障害は関連しています。

ほかにも、次のような因子も互いに影響し合うため、より原因を複雑化しています。

  • 喫煙・飲酒・睡眠不足・疲労など不規則な生活習慣
  • 不規則な生活習慣は、発症に関与する傾向があります。

  • 高脂肪食・香辛料などの刺激物の摂取や早食いなど食生活の乱れ
  • 健常者に比べ、高脂肪食による負荷で、吐き気や腹痛が起こりやすく、食生活の乱れは症状を誘発します。

  • 胃の形態
  • 胃の変形の中でも特に、胃の上部が拡張して変形した「瀑状胃(ばくじょうい)」は、発症との関連性が指摘されています。

  • 感染性胃腸炎
  • サルモネラ菌などの感染性胃腸炎後は、機能性ディスペプシアを発症する可能性があります。

  • ヘリコバクター・ピロリ菌の感染
  • ピロリ菌の感染があると、気づかないうちに少しずつ胃の防御機能が低下します。

  • 遺伝的要因
  • 生まれつき、機能性ディスペプシアになりやすい人がいます。

「機能性ディスペプシア」の検査・診断について

機能性ディスペプシアの診断には、上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)または上部消化管造影検査(バリウム検査)を行って、「胃潰瘍・十二指腸潰瘍・胃がんなどの器質的疾患はない」と確認することが重要です。

問診

自覚症状や症状の程度、発症時期、食事との関係、体重減少についてなど、詳しくお伺いします。

上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)

口または鼻から細いファイバーを入れて、胃粘膜の炎症具合や潰瘍があるかどうかを確認します。

また、内視鏡検査の際、必要に応じ胃粘膜組織の一部を採取した組織検査・ピロリ菌感染検査を同時に行うことがあります。

当院の内視鏡検査は、消化器内視鏡専門医である院長が担当し、患者さん一人ひとりに合わせて、ファイバーを選択するオーダーメイドの内視鏡検査が可能です。

口から挿入する経口内視鏡と、鼻から挿入する経鼻内視鏡のどちらも対応しており、ご希望があれば、鎮静剤を使用しての内視鏡検査も可能です。

その他の病気と鑑別するために、血液検査やレントゲン検査、腹部CT、腹部超音波検査(エコー検査)などを組み合わせて検査することもあります。上部消化管造影検査(バリウム検査)も実施可能ですが、より詳細な観察が可能な内視鏡検査をお勧めしています。

「機能性ディスペプシア」の治療について

機能性ディスペプシアの治療は、生活習慣の改善に加えて、胃の働きを改善することを中心とした「薬物療法」を行います。

どの薬が合うか、症状が改善するまでの期間には、個人差がありますので、患者さんの症状や原因に合わせて、薬を選択していきます。

機能性ディスペプシアの場合は初めに、胃腸の働きを改善する目的で胃酸の分泌を抑えるお薬を処方します。また、症状によっては消化管の運動機能を改善するお薬を処方する場合もあります。

精神的なストレスを感じていることで、胃腸の働きが普通であっても敏感に反応してしまい、不快な症状がみられている場合は、抗不安薬や抗うつ薬、漢方薬を処方します。

よくあるご質問

「機能性ディスペプシア」と「慢性胃炎」は同じですか?

機能性ディスペプシアは、症状から定義された新しい概念の病気です。
一方、慢性胃炎は「慢性的な胃粘膜の炎症」によって本来定義されるべき病気です。

近年の研究で「胃の慢性炎症と症状は必ずしも関連しない」ことが分かってきたため、現在は「機能性ディスペプシアと慢性胃炎は同一ではない」と考えられています*2

しかし、2013年まで日本には「機能性ディスペプシア」という病名が承認されていなかったこともあり、「胃炎」の概念の中に症状が見られても、胃粘膜に炎症がないものも含めて考えることがありました。

そのため、機能性ディスペプシアは「慢性胃炎」として診断・治療されていた経緯があります。

*2(参考)機能性消化管疾患診療ガイドライン(2014年)CQ1-3|日本消化器病学会
https://www.jsge.or.jp/guideline/guideline/pdf/FDGL2_re.pdf#page=28

「機能性ディスペプシア」の治療で注意することはありますか?

  • 「安心すること」が改善への道に繋がる
  • 機能性ディスペプシアの発症は、ストレスを感じることが要因の一つです。

    機能性ディスペプシアと診断されたということは、大きな病気を認めなかったということなので、まずは安心しましょう。

    また、医療スタッフに対する信頼感を持って治療に臨むことで、より良い治療結果に繋がったとする調査結果*3もあります。

    *3(参考)機能性消化管疾患診療ガイドライン CQ4-4|日本消化器病学会
    https://www.jsge.or.jp/guideline/guideline/pdf/FDGL2_re.pdf#page=88

  • 悪化要因を取り除き、規則正しい生活を送る
  • 日頃の生活習慣が発症および症状悪化に深く影響しているため、薬物治療を行いながら、睡眠不足・不規則な食生活を改善する、暴飲暴食や高カロリー脂肪食(脂身の多い肉類・揚げ物・乳製品)を避ける、喫煙を控えるなど、日常生活の改善を行うことも大切です。

機能性ディスペプシアは再発しますか?

残念ながら、再発することがあります。
治療後一旦症状がなくなっても、3か月後に約20%の方が再発したという調査結果*4があり、再発の要件などは、今のところ詳しくは分かっていません。

とはいえ、仕事・学校・日常生活などの環境因子や季節など、症状が出るきっかけとなるストレスが明らかになっている場合には、ストレス軽減に努めると良いでしょう。

*4(参考)機能性消化管疾患診療ガイドライン CQ5-1|日本消化器病学会
https://www.jsge.or.jp/guideline/guideline/pdf/FDGL2_re.pdf#page=120

まとめ

今まで機能性ディスペプシアの方は、「ストレスから来る胃の不調」と扱われ、潰瘍や胃がんなどに比べ、軽く見られていました。

胃の不調症状が続けば、勉強や仕事などやりたいことに集中できなくなり、生活の質が下がります。

さらに治療が長引くと、治らないことがストレスとなり、より胃の調子が悪くなるといった悪循環を生み、患者さんの中には、生活の質の低下によって、何もやる気がなくなり、うつ症状を発症する方もいらっしゃるほどです。

胃腸の不調が続く場合には放置せず、医療機関できちんと検査することが大切です。

胃の不調は「生活習慣の改善」と「薬物療法」で改善が期待できます。

治療に時間がかかることもありますが、前向きに治療しましょう。